大判例

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最高裁判所第二小法廷 平成6年(行ツ)77号 判決

上告人

水野正義

右訴訟代理人弁護士

大木市郎治

被上告人

福島満

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人大木市郎治の上告理由について

原審の適法に確定した事実関係の下においては、小川町が馬頭地区交通安全協会を経由して栃木県に対してした本件ミニパトカーの寄附は、法令の規定に基づき経費の負担区分が定められている事務について地方公共団体相互の間における経費の負担区分を乱すことに当たり、地方財政法二八条の二に違反するものであって、そのためにされた本件ミニパトカーの購入及び購入代金の支出も違法なものといわざるを得ない。これと同旨の原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、独自の見解に基づき又は原判決を正解しないでこれを非難するものにすぎず、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官大西勝也 裁判官根岸重治 裁判官河合伸一 裁判官福田博)

上告代理人大木市郎治の上告理由

原判決には、以下に述べる法令の解釈の誤りがあり、その誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は破棄されるべきである。

第一 本件公金の支出は、地方財政再建促進特別措置法(以下「地財再建法」という)二四条二項に違反しないのに、原判決がこれに違反すると認定したのは、法令の解釈を誤ったものである。

一 地財再建法の今日的意義

1 地方自治法二三二条の二は、「普通地方公共団体は、その公益上必要がある場合においては、寄付又は補助をすることができる」と規定している。一方、地方財政法四条の五は、国等が地方公共団体又は住民に対し強制的な寄付金を徴収することを禁止している。この地方財政法の規定は、国等の強制的な寄付のみを禁止しているため、国等は地方公共団体に対し、自発的寄付という名目で寄付金を徴収し、あるいは国等の施設を誘致するため、本来国等の負担すべき経費を自ら負担する等の行為があとをたたなかった。そしてこのような結果が国等と地方公共団体との間の経費負担区分をみだし、あるいは地方公共団体の財政に重大な影響を与えたため、国等は、地方公共団体の財政の再建促進とその健全化のため、「地財再建法」を制定するに当たり、右弊害の除去を目的として二四条二項の規定を設けたとされている(東京地裁昭53(行ウ)51号、昭和55.6.10民三部判決)。

右のように、地財再建法は、地方財政法の規定を更に強化したものであるが、地財再建法が制定された昭和三〇年当時の多くの地方公共団体の財政状況や、国が地方公共団体に半ば強制的な寄付を求めていた体質等を考えると、立法当時においては、地財再建法二四条二項の規定は、地方自治法二三二条の二の規定にかかわらず、必要止むを得ぬ規定であったと解するのは正当であったであろう。

2 しかし、地財再建法が制定されてから三七年を経過していた平成三年当時においては、地方公共団体はその財政状況が好転し、また、寄付金の名をもってする国の強制的な寄付は行われなくなっていたのであるから、地財再建法二四条二項の規定は、その役割を終え有名無実化されていた。したがって地方自治法二三二条の二が規定する、普通地方公共団体は、その公益上必要がある場合においては、寄付又は補助をすることができるという、地方公共団体の財政自主権の本来の姿に戻っていなければならなかったのである。

3 右のような意味において、平成三年度になした小川町の本件公金の支出は、地財再建法二四条二項の規定に違反するものではなかったといわなければならない。

二 地方公共団体の財政自主権と地財再建法との関係。

1 憲法は、地方公共団体の組織・運営については、「地方自治の本旨にもとづき、法律でこれを定める」と規定し(九二条)、さらに地方公共団体には、「自主財政管理権・自主行政執行権」のあることを保障している(九四条)。

2 地方自治法二三二条の二の前述の規定は、憲法の右各条文に基づいて制定されたものである。すなわち、地方公共団体は、公益上必要がある場合においては寄付又は補助をすることができるという地方公共団体の財政自主権の保障は、憲法に由来する地方公共団体固有の権能なのであるから、国も地方公共団体もこの規定は最も尊重しなければならないものである。

3 地財再建法二四条二項の規定は、右憲法九四条及び地方自治法二三二条の二の地方公共団体固有の財政自主権を大きく制限した規定であり、右規定が地方公共団体の自発的寄付までこれを一律に禁止することは、本来憲法の保障する財政自主権を侵害するものであった。したがって、地財再建法二四条二項が合憲有効なものとして存在しうるためには、少なくとも昭和三〇年右法律が制定されたときの状況すなわち国が地方公共団体に自発的寄付という名目で強制的に寄付金を徴収するような状況が存在していなければならないのである。

しかし地財再建法が制定されてから三七年を経過した平成三年当時においては、右のような状況は既に存在しなくなっていたのであるから、地財再建法二四条二項の規定は、廃止されるか、少なくともその効力を停止されていなければならなかったのである。

4 右のような意味において、小川町の本件公金支出は地財再建法二四条二項に違反するものではないといわなければならない。

第二 地財再建法二四条二項の規定は、現在においては効力規定ではなく、訓示規定である。

一 前述のとおり、地財再建法二四条二項の規定は、憲法九四条及び地方自治法二三二条の二の規定に抵触し、緊急止むを得ない状態を除いては違憲の疑いが十分に存する規定であり、緊急止むを得ない状態が除かれたときには、これを廃止するか、少なくともその効力を停止しなければならない規定であったのである。

したがって、地財再建法二四条二項の規定は、地方公共団体の財政状況が好転し、かつ、もはや国の強制的な寄付が行われなくなった段階以降においては、これをなお効力規定と解することは、前記憲法及び地方自治法の規定に抵触することになり、違憲状態となるのであるから、この規定は効力規定ではなく、訓示規定と解してはじめてその違法性を免れるものと思料する。

二 そうだとすると、小川町の本件公金の支出は、右地財再建法の訓示規定に違反したことになるが、訓示規定違反は、その行為の効力に影響を及ぼさないものである。

原判決は、地財再建法二四条二項の規定を訓示規定ではなく効力規定と解したものであって、この点に法令の解釈を誤った違法がある。

第三 本件支出は、違法性を阻却する事由があったにもかかわらず、違法性を阻却しないと判断した原判決は、法令の解釈を誤った違法がある。

一 前述のとおり、地財再建法二四条二項の規定は、訓示規定と解してはじめてその違法性を免れるものと思料するが、さらに百歩を譲って右規定がなお効力規定であると解しても、本件ミニパトカー購入のための小川町の公金支出は、その違法性を阻却するものである。

二 小川町は、平成三年度において本件ミニパトカー二台の購入費とその付帯費用とを合せ、金二一八万九五二五円の予算を満場一致で議決し、町長はその執行をした。

このミニパトカー購入の為の支出は、小川町の同年度における歳入歳出一般会計予算総額金二九億六一二四万六〇〇〇円の〇、〇七四パーセントに過ぎず、また同年度同予算の決算総額金二七億九八八七万五一八四円の〇、〇七八パーセントに過ぎなかった。また小川町は同年度の右予算の決算において金二億一六三七万六二九三円の剰余金を生じたものである。

右のように本件公金の支出は、平成三年度における小川町の予算、決算に占める割合が極めて僅少であり、同年度において金二億を超える剰余金を出した小川町にとって、財政の健全性はいささかも害されることはなかった。

三 次に、小川町の本件公金支出は、最も公益性が高く、かつ公益上止むを得ない支出であった。

小川町においては、平成元年と同二年において、交通死亡事故がそれぞれ二件ずつ計四件が相次いで生じ、殊に平成元年においては、人口一〇万人当たりの交通死亡事故が栃木県のワースト1に位置づけられ、これをそのまま放置すれば、小川町町民の尊い生命を痛ましい交通事故から守ることのできない緊急事態に置かれていた。

交通事故の撲滅は、全国民の悲願であり、小川町の町民にとってもこのことは少しも変わりがない。「人の生命は地球より重い」と明言したのは最高裁判所であり、地球よりも重い人の生命を守るために、小川町は本件公金の予算を全会一致で議決し、町長がその執行をしたのである。したがって、本件公金の支出は、その公益性から見て、町長が乗る公用車の購入の比ではなく、これに優る公益性はないと言っても過言ではない。

四 本件ミニパトカーが小川町の二か所の派出所に配備されてから今日に至るまで七六〇日経過しているが、小川町においてはこの間一件の交通死亡事故も発生しておらず、本件ミニパトカーは立派に小川町町民の生命、身体を守っている。

五 右のように、本件ミニパトカー購入のための公金の支出は、その公益性が最も高く、かつ、公益上止むを得ない支出であったのであり、またこれがために小川町の財政はその健全性をいささかも害されることがなかったのであるから、前記憲法九四条の規定及び地方自治法二三二条の二の規定に鑑みるとき、その違法性は優に阻却するものといわなければならない。

第四 以上の理由により、原判決を破棄され、さらに相当の裁判を求めるものであります。

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